VRサイクリング 壱岐島を南から東、西、北とジグザグに巡る旅。博多港からフェリーでたどり着いた壱岐島南西部の郷ノ浦港を出発し、郷ノ浦の市街を突っ切ってまず東へ進み、島南東部の唐津からのフェリーターミナルのある印通寺から北へ進み、原の辻遺跡を経て島の東海岸に出る。半島の先の絶景の岬左京鼻を回って、今度は西へ向かう内陸を突っ切り一気に西海岸へ。ここでも絶景の猿岩のある半島を回って、ここから西海岸沿いに北へ向かう。島の北端の湊町勝本浦を巡った後、南東へ。内陸を突っ切って東海岸中央部のフェリーターミナルのある湊町芦辺へ至る63kmの行程。壱岐は今まで全く知識がなかったが、調べるとこの小さな島に神社が150社以上もあり神が宿る島と呼ばれているらしい。確かに今回走ってみて一番感じたのは神社密度。至るところに鳥居が見える。しかも格式が高く歴史のある古社が多いのだが、鳥居を見る限り場末の鄙びた神社にしか見えない。全国の月讀神社の総本社も日本四大住吉に称される住吉神社も然り。しかしそれが土着の歴史の重みを感じさせるから不思議だ。歴史的背景としては、国生み神話でイザナギとイザナミが日本列島を作った際、淡路島、四国、隠岐島、九州の次の五番目にできた相対的に神聖な島であること(そういえば淡路島と隠岐島も神社が多かった)、古代から朝鮮半島や大陸を結ぶ海上交通の重要拠点であり、航海安全祈願や外敵からの国家鎮護の重要な土地柄であったこと、壱岐の豪族壱岐氏が大和朝廷の神事を支える卜部として重用されて壱岐島に宗教的権威が生まれた事などが挙げられる。原の辻遺跡は島とは思えない広い草原地帯に展開しているのが印象的だが、弥生時代の遺跡としては日本国内でもトップクラスのスケールと重要性を誇る大規模環濠集落跡。魏志倭人伝に登場する「一支国(いきこく)」の王都と考えられている。古代に遡るほど大陸・朝鮮に近いロケーションに繁栄の痕跡が残るのはやはり日本人はこの辺を通って中国・朝鮮から渡来してきたのではないかと考えさせられる。ビジュアルな風土としては、島の東と西の2つの半島にダイナミックな海岸の絶景があって目の保養になったが、内陸は至って単調に低い丘陵地帯が延々と続き、その丘陵の斜面が延々と棚田になっているという風景が基調になっている。この棚田で作られた米と大麦が壱岐特産の麦焼酎を産んだわけだ。郷ノ浦や勝本浦といった古くからの湊とその古代からの交易の歴史を背負った古い街並みの情緒も良かった。次回はこの流れで対馬へ渡る。
2026/8/31 壱岐巡礼ジグザグルート 郷ノ浦〜印通寺〜左京鼻〜猿岩〜湯本〜勝本浦〜芦辺
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