VRサイクリング 上五島、中通島のジグザグ巡礼旅は続く。遣唐使の風待ちの湊青方を出発し北へ。大曽教会を愛で、その先、船崎からは断崖が続く島の西海岸を望む山の中腹を進む。ダイナミックな円錐状の矢堅目埼を横目で眺めつつ南へ進路を変える。途中冷水教会へ寄り道するが、奈摩湾をぐるっと回るように奈摩からまた北へ転じ、奈摩湾を望む山の上の道を進む。曽根から東へ山を登り、曽根教会を拝んだ後東海岸へ下り立串港からは東海岸沿いに南へ進む。前回青方へ進む途中で通った浦桑まで南下したところで海岸線に沿って東へ進路を変え、佐世保へアクセスするフェリーターミナルのある、島では多分最大の町有川を通りすぎてさらに東へ。友住漁港を抜けるとまもなく頭ヶ島大橋を渡って頭ヶ島。山の上から島の北海岸に下り天主堂のある頭ヶ島集落をゴールとする62kmの行程。沈降型でリアス式海岸の前回島南側のルートに対して、今回の中通島の北側は山が聳え海岸は断崖絶壁の隆起型の地形になっていて、しかもほぼ海岸に沿っているのでより風光明媚な道筋であった。そして今回もいく先々で美しい海岸風景に映える素敵すぎる教会が出迎えてくれた。現在でも島の人口の1/4がカトリック教徒という国内でダントツのカトリック島なのだ。それにしてもこの過疎の島の津々浦々に立派な教会があるのは只者ではない歴史に裏打ちされているようだ。島原・天草の乱以降これらの地の隠れキリシタンが大挙して五島列島に移り住んできたらしい。江戸時代は領主が目をつぶっていたのか、辺境すぎて幕府の目が届かなかったのか、どうやら江戸時代250年間、多分人口のかなりの割合であった仏教徒を装った隠れキリシタンの島民がそのまま脈々と信仰の灯を消すことなく明治を迎えた。それで晴れてオープンにキリシタンに移行できるかと思いきや、明治維新直後に五島各地で大規模なキリシタン弾圧(五島崩れ)が起きて大勢が犠牲になったという悲劇が起きたらしい。その後ようやくキリスト教解禁になってから、鉄川与助(五島出身の名工・教会建築家)が設計・施工した、当時の辺地としてはオシャレすぎる教会が数多く建築されたらしいが、そこも田舎で予算もない中、信者の住民の全面的な協力で竣工した教会が多いようだ。この歴史からこれらの教会の数多くが世界文化遺産の対象となった。さて図らずも長逗留した五島列島編を終えて、次回は今回ルートの途中の有川からフェリーで佐世保に渡り、そこから先へ進む。
2026/8/8 上五島ジグザグ教会巡礼 2日目 青方〜奈摩〜立串〜有川〜頭ヶ島
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